空き地で、一匹の放し飼いの犬が座ってじっとこちらを眺めていた。茶色い毛並みと凛とした表情に、つぶらな瞳で、草むらの上に静かに佇んでいる一匹の柴犬。風貌が、少し前に亡くなった愛犬と似ていたので、懐かしいような、もの悲しいような気持ちに襲われ、取り憑かれるようにその場に立ち尽くし、僕も、その犬のことをぼんやりと眺めていた。
しばらくすると、柴犬は突然、意を決したとばかりに立ち上がり、僕のほうにひょこひょこと近寄ってきた。その行動に、反射的に僕の体がこわばり、僕の警戒心が伝わったのか、柴犬もそそくさと飼い主のもとに戻っていってしまった。
ああ、そうだ。僕は、犬が苦手だったんだ。子供の頃は犬が苦手で、怖くて、追いかけられたこともあった。必死に走って逃げた。「逃げれば追いかけてくるから」と母に言われても、止まればつかまるじゃないか、と逃げまわった。そんな幼い頃の記憶が、ありありと蘇ってきた。
中学生になって、生まれたばかりの仔犬を飼い始め、しょっちゅう一緒に過ごしていたから、僕はてっきり「犬」が好きになったのだと思っていた。でも、違った。僕は、仔犬の頃から一緒に暮らしていた「彼」のことが好きで、頬をむにゅむにゅしても、頭をぽんぽんしても「彼」だから平気だった。僕は、「彼」と仲良くなっていったのであって、「犬」と一緒に暮らしていたのとは違ったんだな、と思った。