春が怖い

まだ寒さは厳しいものの、この数日で日差しや風にほんのりと春が香るようになった。あと一月もすれば、多摩川沿いには菜の花が咲きはじめると思う。そして、そのあとにはいっせいに桜が咲き乱れる。

子供の頃の春は、「咲く」季節だった。でも、年齢とともに春は「散る」季節になってゆく。春の柔らかな風も、心地よさとともに閉じていた心の扉をふっと開けようとする。だから、ほんの少し、春が怖い。ざわざわとした不安と、春の悲しみに飲み込まれそうになる。

紀友則の春を詠んだ和歌に、「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ」という歌がある。こんなに光ののどかな春の日に、なぜ桜は慌ただしく散っていってしまうのだろう、という春の優しさと儚さを歌ったものだ。

春は、昔のひとにとってもきっと両面の際立った季節だったのだろう。