星の見える東京

『ソラニン』|自殺と事故のはざまで、種田の死と芽衣子の生【読書感想文】

ソラニン

ソラニン

著者 − 浅野いにお  出版 − 2005 ~ 2006年

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大学時代に、クラスメイトの黒髪ボブの女の子が、「わたしの精神安定剤なんだ」と貸してくれた漫画『ソラニン』。

先日、その『ソラニン』を久しぶりに読みました。

読んでみてまず最初に思ったのは、この10年で時代背景はずいぶんと変わったな、ということ。

二巻の冒頭で、「放射能で汚染された荒廃した大地に救世主が現れたりはなく」とあります。テロも、災害もない。「地味な未来を、僕らは生きている」。

そんな作品全体に漂っているような、地味で平穏な未来が「だらっと続く」という不安は、たぶん、もう今は当てはまりません。

それでも、今こうして読んでも心に響き、胸に沁みるのは、きっとそこに青春漫画以上の普遍的なものが描かれているからなのでしょう。

 

大学に入ってバンドを組み、卒業後、「平凡な社会人」を着飾っていく自分たちに、言いようのない鬱屈が溜まっていく種田と芽衣子。

東京の町を覆い尽くす重たい空気と、「汚い大人」。

でも、誰かが連呼したからと言って「汚い大人」は消えてはくれず、存在感を持って立ち現れ、目の前に立ちはだかってくる。

そんな日々の続くある日のこと、芽衣子は、もう一度本気で歌ってみることを種田に求めます。

才能ないから ───
本気じゃないから ───

そう言って種田はいっつも逃げてばっかだもん。

種田は誰かに批判されるのが怖いんだ!!
大好きな大好きな音楽でさ!!

でも
褒められてもけなされても、
評価されてはじめて価値が出るんじゃん!?

浅野いにお『ソラニン』より

一瞬躊躇するも、種田は、この芽衣子の想いに応えるようにバンドを再結成し、音楽事務所にデモテープを送ります。

すると、「ぜひ、一度社に出向いてほしい」と事務所から連絡が届き、種田たちは意気揚々と社に向かいます。

しかし、彼らはそこで「現実」を突きつけられることになる。

その後、落胆した種田は、「本当に大切なもの」に気づく。俺は、音楽で世界を変えたいんじゃなかったんだ。幸せは、もっと身近な場所にあるんだ。

そうして原付バイクを走らせながら、種田は思います。

──── 俺は、幸せだ。

ホントに?

──── 本当さ。

ホントに?

浅野いにお『ソラニン』より

勢いよく赤信号の先に飛び出していった種田の死は、果たして自殺だったのか、それとも単なる事故だったのか。きっと、そのはざまであり、どちらでもない、「跳躍」だったのでしょう。

この作品の素晴らしいのは、種田の「死」によって物語が終わらないこと。

種田の意志を、芽衣子が受け継ぐこと。

音楽については素人だった芽衣子が、種田の楽曲だった「ソラニン」をライブで歌うことで物語は完結を迎えます。

あらためて『ソラニン』を読み、二人の名前にも深い意味が込められているのだと気づきました。

これは、「種」が、痛みとともに「芽」を吹く、別れと再生の美しい物語なのでしょう。

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