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三浦しをん『風が強く吹いている』|読書感想文

三浦しをん『風が強く吹いている』|読書感想文

風が強く吹いている三浦しをん『風が強く吹いている』(2009年)

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本日の読書感想文は、箱根駅伝を題材にした青春小説、三浦しをん著『風が強く吹いている』です。

漫画やアニメではなく、文章のみでスポーツの臨場感やスピード感を表現するのはとても難しいものだと僕は思っていたので、読んでいてもきっと興ざめするんだろうなと、これまでスポーツ関連の小説はなるべく避けてきました。

これは自分自身が(駅伝ではありませんが)部活でスポーツを行なってきたこととも関係しているのかもしれません。

しかし、この『風が強く吹いている』は、その臨場感や疾走感が、文字という静の媒体にもかかわらず、見事に表現されているように思います。

設定自体は、ほとんど漫画のような話です。以下、『風が強く吹いている』のあらすじを簡単に解説したいと思います。

高校で不祥事を起こした孤独の天才ランナーカケルが、不祥事の騒動から逃げるように陸上部のない都内の大学に入学します。

カケルは、貧乏のため野宿をしながら万引きを繰り返していました。

あるとき、万引きをしたカケルの走り去っていく後ろ姿フォームの美しさに、小説のもう一人の主人公であるハイジが心を打たれ、自分の住んでいる竹青荘(通称アオタケ)に招き入れることから、この物語は始まります。

そして、カケルを加え、ちょうど10人になった竹青荘の住人たちに、ハイジは言います。「このメンバーで、箱根駅伝を目指そう。」

それぞれが特徴や悩みを抱えている竹青荘の住人たちは、走ることに関してはほとんどがまるっきりのど素人。

竹青荘の住人たちは、ハイジのこの突拍子もない発言に、当初こそ不平をこぼしていたのですが、徐々にチームは結束し、継ぎはぎだった陸上部が、次第に「箱根駅伝」という大きな目標に向かって走り出していきます。

三浦しをん『風が強く吹いている』アニメ版ダイジェスト

小説の世界では、この竹青荘と彼らの所属する寛政大学は、成城学園前と祖師ケ谷大蔵のあいだくらいに建っているという設定になっています。

僕は割と近い狛江に住んでいるので、馴染みの場所ということで親近感もあって、その辺りも読みやすさに繋がっているのかもしれません。

成城学園前も、祖師ヶ谷大蔵も、両方とも世田谷区で、小田急線で一駅の距離にあります。

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小説内の寛政大学は、架空の学校で、モデルは法政大学という声もありますが、どうやら作者が取材に行った大学が法政大学だった、ということのようです。

ただ、法政大学の陸上部は名門ですし、この辺りで成城学園前と祖師ヶ谷大蔵のあいだと言うと、モデルかどうかはわかりませんが、成城大学くらいだと思います。

途中、寛政大学陸上部が、練習の一環として多摩川まで走っていくシーンがあります。

成城の住宅街から急勾配の坂を下り、野川を抜け、小田急線を眺め、多摩川の河原に辿り着きます。そのシーンを読んでいると、ああ、この町をカケルが走り抜けていったんだなあとちょっとだけ不思議な気持ちになります。

確かに、『風が強く吹いている』は、設定こそ、漫画やアニメのような話かもしれません。

しかし、風景や心情の描写が繊細で、また物語の展開の仕方も、まさに「駅伝」のように順番に主人公が入れ替わる形で疾走感を持って紡がれ、文庫本で600ページを越える大作にもかかわらず、あっという間に読み切ることができます。

この物語は、走るということ、繋ぐということを通して、ハイジの言う、「速さ」ではなく「強さ」が追体験できるスポーツ小説であり、小学生や中学生で、あまり読書が得意ではないという子でも、読書感想文の課題作としておすすめの一冊だと思います。

少し余談になりますが、僕は、子供の頃から箱根駅伝が好きで、年明けになると胸を高鳴らせながらテレビの向こうで大学生たちが走っている姿を見つめていました。

今でも、甲子園の出場選手と箱根駅伝のランナーは、不思議と年上のように映ります。きっと「あの頃」に戻って画面を眺めているのでしょう。

また、実は僕自身も駅伝に出たことがあります。駅伝と言っても、小学生の頃のことですが、クラスの担任の若い女の先生が監督兼保護者でした。

一人あたり1km〜1、5kmという距離を、5人でたすきを繋いでいく形式で、そのとき僕は二区を走りました。

遠くから同級生がたすきを持って走ってくる姿も、途中でランナーズハイになって一瞬どこまでも走れるような感覚になったことも、次々と抜き去っていく瞬間の風も、観衆の声も、鮮明に記憶に残っています。

今でもふっと蘇ってくる、ついさっきの出来事のようです。

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