蒲団・一兵卒
著者 − 田山花袋 出版 − 2002年(1908年)
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大学時代、他学部の授業を履修することが認められていたので、文学部の授業に参加したことがありました
授業の正式な名前は忘れてしまったのですが、その授業の担当教授の見た目の印象は覚えています。
くせ毛の短髪で小太り。若くも見えるし、年齢を重ねているようにも見える。でっぷりとした、漫画のキャラクターのような雰囲気の男性教授でした。
そして、この教授が授業中に発したフレーズで印象に残っているのが、「日本の自然主義文学の起源は、田山花袋の『蒲団』である」という言葉です。
その頃、僕は「自然主義文学」も、「田山花袋」という作家も、『蒲団』という小説のことも知りませんでした。ただ、「日本の自然主義文学の起源は、田山花袋の蒲団」というフレーズだけが不思議と記憶に残っていました。
しかし、それ以来、その言葉が頭の片隅に引っかかりつつも、長年「田山花袋」に触れることはありませんでした。
ところが、先日ふと何かの拍子に、田山花袋の代表作であり、「自然主義文学の起源」とあの教授が言った『蒲団』を読んでみよう、と思い立ったのです。
僕が読んだのは、『蒲団・一兵卒』という二作が収録されている岩波文庫の一冊でした(『蒲団』そのものは、明治40年(1907年)9月号の雑誌「新小説」が初掲載)。
最初、古い小説なので読みづらいかな、と思っていましたが、読み始めてみると全然そんなことはありませんでした。
言葉遣いも今とほとんど違いはなく、文章の量も100頁ほどで、ときに笑いがこぼれるようなユーモアも盛り込まれていました。
先ほどの小太りな文学部の教授(考えてみれば物語の主人公に雰囲気が似ていたかもしれません)が『蒲団』について語った際、「おっさんが、叶わぬ恋の相手である若い女が去ってしまって、女の蒲団の匂いを嗅ぐだけの話」と極めて雑に説明し、教室内からも笑いが起こりました。
僕も笑いました。
でも、実際に読んでみると、これはまさに「そういう話」でした。
まさに「そういう話」が、明治時代の文壇に、賛否両論のセンセーショナルな騒動を巻き起こしたのです。
フランスでは、『蒲団』発表の50年ほど前に、印象派の父と呼ばれる画家マネが、裸の女性(『草上の昼食(1863年)』)を描いて激しいスキャンダルになったことがありました。
しかし、西洋画には過去にも裸婦は描かれています。なぜマネだけが非難を浴びたのでしょう。
実は、マネの描いた裸婦は、これまでの慣習に従った「宗教画」ではなく、「写実画」だったのです。
要するに、生身の女性として裸婦を描き、しかも暗に娼婦を匂わせたことから、「破廉恥な作品だ」と激しい非難を受けたのでした(でも、別にマネは絵の世界に革命を起こそうとしたわけでもなく、ただ真っ直ぐ現実の姿に対する「印象」を、見たまま、ありのままに描いただけでした)。
この『蒲団』も、そうした人間の生々しさが、「ありのまま(自然)」に描写されている小説でした。
主人公は、家庭があり、知識もある中年の作家(田山花袋自身がモデル)時雄。あるとき、時雄のもとに、「弟子にして欲しい」という熱心な手紙が遠方から届きます。
時雄は、面倒だと思いつつもしぶしぶ弟子にすることを許諾するのですが、実際に会ってみると、その志願者というのが驚くほど美しい女性でした。
そして時雄は、その女性に密かに恋をするのですが、残念ながら、彼女は別の若い書生と恋を育んでいました。
当時の若い女性は、近代化に伴って自由に恋愛が行えるようになる走りでした。また一方で、結婚まで処女を守るのが当然とされる時代でもありました。
だからこそ、余計に妄想の掻き立てられた時雄は、彼女と書生の恋愛関係に「肉欲」の結びつきがあるかどうか、ということに、ただひたすら悶え苦しみ、彼女をなるべく自分の側から離さないように仕向けさえしました。
が、結果的に彼女と書生は「霊肉ともに許した恋人」となってしまいます。
そのことを知った時雄は発狂せんばかりに怒り狂い、彼女のことを汚らわしく思い、いっそ自分も強引に、という思いさえよぎるのでした。
あの男に身を任せていた位なら、何もその処女の節操を尊ぶには当たらなかった。自分も大胆に手を出して、性欲の満足を買えば好かった。
どうせ、男に身を任せて汚れているのだ。このままこうして、男を京都に帰して、その弱点を利用して、自分の自由にしようかと思った。と、色々なことが頭に浮ぶ。
田山花袋『蒲団』より
もちろん、そんな横暴も夢想のまま、彼女は故郷に帰り、主人公の作家は、彼女が作家の家で使っていた蒲団や衣服に鼻をこすりつけ、懐かしい匂いを嗅ぎながら号泣します。
彼の、大げさなほどの激しい煩悶に僕自身読んでいて笑い、日露戦争の直後にいったい何を書いているんだろう、と思いました。
でも、読み終わってみると、些細であればあるほど、なんとも胸に詰まる切ない話だったな、とも思います。
自然主義文学の起源。
読み終わって、ほんのちょっとだけ、あの頃の謎が解けた気がしました。