月別アーカイブ: 2019年5月

狛江ときつつき

狛江には野生の生き物がたくさんいる。東京の都心からそれほど離れていない地域でもこんな場所があるんだなと驚くほどだった。

前に住んでいた街では雀を見ることさえもあまりなかったから、通りを雀がぴょんぴょんしているだけでも和む。それから、これまで見たなかでは、たぬき(ハクビシンかもしれない)の親子、蛇、カブトムシ、うぐいすなどがいる。

また、最近多摩川沿いの公園を歩いていたら、コンコンコンと金槌で小さな釘を叩くような音が聴こえてきた。一瞬、誰かが日曜大工でもしているのかなと思ったけれど、耳を澄ますと、音がするのは頭上からだった。

よく見ると、木の太い枝にとまっている小さな鳥が枝をつつくたびにその音は鳴っていた。

木をつつく鳥。もしかして、きつつきなのかな、と思った。狛江でも、今まできつつきは見たことがなかったので、こんなところにきつつきなんているのかなと疑問だったし、その鳥がきつつきなのかもよく分からなかった。

また、きつつきの木をつつく音は、結構大きく響くイメージだったけれど、僕が聴いたのは、囁きのような控えめで小刻みな音だった。

ただ、調べてみると、東京都内では世田谷区や狛江でも、きつつきの一種の「コゲラ」という鳥が見られるようだ。

コゲラは日本で一番小さなきつつきで、体長は15センチ。市街地から河川、森林などに生息しているそうだ。見掛けたのは多摩川沿いの西河原公園という春は桜も綺麗で小さな池のある場所だった。

あの木をつつきながらコンコンコンと鳴っていたのは、コゲラだったのかなと思う。

多摩川の河原や土手に咲く紫の花

桜もすっかり葉桜となり、数多くの花々が咲いている初夏。緑葉の揺れる風が心地よく、多摩川でも色とりどりの花や野草が咲いている。

5月頃に多摩川を散歩していると、河川敷や河原に紫色の花を見かける。

調べてみると、多摩川の河原に咲いているこのぶどうのような紫の花は、「ナヨクサフジ」という名前の花だった。

開花の時期は5月から8月。ナヨクサフジと似たような花で、在来種のクサフジがあり、ナヨクサフジは食べられないが、クサフジのほうは食べられると言う(クサフジは、食べる際には、天ぷらや酢の物、和え物、炒め物などにするそうだ)。

ただ、僕が撮った写真の花が本当にナヨクサフジなのかどうか、正直自信はない。一般的に、ナヨクサフジとクサフジでは、ナヨクサフジのほうが紫色が濃いそうだ。

確かにクサフジの画像を見ると、写真に撮った花のようにくっきりとした紫ではなく、もう少し淡い色をしている。色で言えば、多摩川の河原に咲いていた紫の花は、ナヨクサフジのほうではないかと思う。

それから、シロツメクサ(クローバー)によく似たピンク色に近い紫の花も咲いていた。

この花は、そのまま「アカツメクサ」「ムラサキツメクサ」「レッドクローバー」などと呼ばれる。ふんわりと丸く、柔らかい風合いが可愛い。

アカツメクサは、もともとはヨーロッパや西アジア、北西アフリカが原産で、牧草用としてシロツメクサと一緒に明治以降に日本に輸入されたようだ。

開花時期は5月から8月。食用ではハーブの素材として使用されることも多く、アカツメクサの生育地は、草地や道ばた、川の土手などだが、多摩川の土手ではシロツメクサのほうがよく見るように思う。

多摩川の貸しボート屋としゃぼん玉

登戸と狛江のあいだを流れる多摩川に架かっている多摩水道橋。ちょうどこの橋の真ん中辺りが、東京と神奈川の県境にもなっている。もうすぐそこが登戸だ。

この辺りは、橋が架かる以前は、もともと「登戸の渡し」と言われる渡し舟があったそうだ。しかし、昭和2年の小田急線開通で渡し舟の利用者は激減、さらに昭和28年には歩道と車道の橋も架かったことで同年、登戸の渡しは廃止になる。

この渡しは、数ある多摩川の渡し舟のなかでも、割と遅くまで残っていた区間だったようだ。

以前、狛江市内の小さなギャラリーで開かれた多摩川に関する浮世絵展では、府中の渡し舟の様子が描かれた絵(葛飾北斎「富嶽三十六景 武州玉川」)も飾ってあった。

この渡し舟の廃止後、今では、漫画『ソラニン』でも描かれている貸しボート屋が営まれている。

この貸しボート屋「たまりや」のおじさんは、もともと渡し舟を営んでいた家の方だと言う。

狛江がまだ農地ばかりだった昭和17年、谷田部靖彦さんは多摩川の「渡し」を営む家に生まれました。以来、多摩川と共に人生を歩んできた谷田部さん、鉄道や橋が開通し、渡しが役割を終えた後は都心からやってくる水遊びの人々のために五隻の船から貸しボート屋を始めました。(WEST TOKYO 仕事図鑑 VOL.05 貸しボート屋)

登戸側にも「のんきや」という貸しボート屋さんがあったが、街の開発工事のため店を閉じることになってしまったと言う(その後、「たまりや」も主人が亡くなり、今はもう貸しボート屋さんはなくなっている)。

橋は、老朽化もあり、新たな架橋がつくられ、現在の多摩水道橋になったのは2001年のこと。

その橋を、和泉多摩川から撮った最近の様子。この辺りは、カメラを持って撮影している人もときおり見かける。

今では、登戸も電車はもちろん歩いても割とすぐの距離にあるが、橋がなかった頃は、「対岸」というのも気分的に遠いものだっただろうなと思う。

ちなみに、この多摩水道橋の和泉多摩川側に、座って休めるちょっとした休憩所がある。自転車で長い距離を走ってきた人や、散歩中のおじいさんおばあさんが休憩スポットとして活用していることが多いようだ。

この休憩所に屋根がついているのだが、最近ふと、屋根の上にある小さなモニュメントのようなものを発見した。

麦わら帽子をかぶった幼い少年が、多摩川の空に向かってしゃぼん玉を飛ばしている。5年以上住んで、初めてその存在に気づいた。