多摩川にさらす手づくりさらさらに何ぞこの児のここだ愛しき
狛江の多摩川の土手を調布方面に向かって歩いていると、途中、道路沿いに「万葉歌碑」という標識が目に入った。矢印は、住宅街の奥を指している。
閑静な住宅地の景色と、「万葉」という古めかしい言葉の組み合わせに引き寄せられるように矢印の先に進んでいくと、ひっそりとした狭い空き地に、「万葉歌碑」が建っていた。
万葉歌碑
歌碑には、「多摩川にさらす手づくりさらさらに何ぞこの児のここだ愛しき」という歌が刻まれている。現代語訳すれば、「多摩川にさらしている手作りの布のように、ますます、なんてこの子はこんなにも愛おしいのだろうか」という意味になる。
この和歌は、万葉集にある一首で、作者は不明とのこと。
布を作るときの工程に、白くするために水洗いしたり日光にあてる、というものがあり、そのときの布のように、この子はなんて愛おしいのだろう、という意味の歌で、この愛おしい児というのが、女性のことなのか、それとも子供のことなのか、というのは諸説あるようだ。
この歌が狛江で詠まれたものと伝えられていることから、多摩川の近くに石碑が建てられている。
歌碑は最初、1802年、多摩川のほとりに建てられたものの、1829年の洪水によって流失し、その後、1923年に多くの尽力のもと、新しい碑が建てられることとなった。
僕は、万葉歌碑のあった場所から、この歌の舞台になった多摩川の河川敷に戻って座った。ああ、ずっと流れているんだな、もうすぐ今年も終わりだな、などと思いながら、流れる川をしばらく眺めていた。